ミラノ宮廷時代 – スフォルツァ家に仕えた17年間

ルドヴィーコ・スフォルツァとの出会いから始まった、レオナルドにとって最も創造性豊かな黄金期

1482年、30歳のレオナルド・ダ・ビンチは、フィレンツェでの修業時代を経て、新たな活躍の場を求めてミラノの地を踏んだ。当時のミラノは、ルドヴィーコ・スフォルツァ（通称イル・モーロ）が実権を握る北イタリア最大の都市国家として繁栄を誇っていた。レオナルドは自らを売り込むために、軍事技師としての能力を前面に押し出した自薦状をルドヴィーコに送り、その多彩な才能をアピールした。

この自薦状は、レオナルドの野心と自信を物語る貴重な文書として現在も残されている。彼は軍事技術者、建築家、水利技師、そして最後に画家としての能力を列挙し、特に戦時における実用的な技術への貢献を強調した。当時の宮廷では、芸術家は単なる装飾品ではなく、実用的な技術者としての役割も期待されており、レオナルドはまさにその理想的な人材だった。

ルドヴィーコ・スフォルツァは、レオナルドの才能を即座に見抜き、彼を宮廷に迎え入れた。この出会いは、レオナルドにとって人生の転機となり、以後17年間にわたって続く創造的な黄金期の幕開けとなった。ミラノ宮廷は、レオナルドの多面的な才能が存分に発揮される理想的な環境を提供し、彼の芸術家としての地位を確固たるものにしていく舞台となったのである。

軍事技師から宮廷画家まで多彩な才能を発揮し、「最後の晩餐」を完成させた充実の17年間

ミラノ宮廷でのレオナルドの活動は、まさに万能の天才という言葉にふさわしい多様性を見せた。軍事技師としては、攻城兵器や防御施設の設計に携わり、その革新的なアイデアは当時の軍事技術を大きく前進させた。また、宮廷建築家として、スフォルツァ城の改築や運河システムの設計にも参画し、ミラノの都市基盤整備に重要な貢献を果たした。これらの実用的な仕事は、レオナルドに安定した収入をもたらし、芸術活動に専念できる基盤を築いた。

宮廷画家としてのレオナルドは、肖像画や宗教画において革新的な技法を次々と生み出していった。特に「岩窟の聖母」では、光と影の微妙な表現技法であるスフマートを完成させ、絵画史に新たな地平を開いた。また、宮廷の祭典や舞台装置の制作にも携わり、機械仕掛けの舞台装置や華麗な衣装デザインで貴族たちを魅了した。これらの経験は、レオナルドの芸術観を豊かにし、後の傑作群への礎となった。

そして1495年から1498年にかけて制作された「最後の晩餐」は、まさにミラノ時代の集大成といえる傑作となった。サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂壁画として描かれたこの作品は、従来のフレスコ技法ではなく、油彩とテンペラを組み合わせた実験的な技法で制作された。キリストが弟子たちに裏切りを予告する劇的な瞬間を、緻密な心理描写と革新的な構図で表現したこの作品は、西洋絵画史上最高の傑作の一つとして、現在でも世界中の人々を魅了し続けている。