モナリザのモデル論争 – リサ・デル・ジョコンド説を検証

フィレンツェの絹商人の妻説が最有力とされる根拠と、近年の研究で明らかになった新事実

リサ・デル・ジョコンド説の最も強固な根拠は、16世紀の美術史家ジョルジョ・ヴァザーリによる『画家・彫刻家・建築家列伝』の記述にある。ヴァザーリは、レオナルドがフィレンツェの絹商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リサの肖像画を制作したと明記している。この記録は、レオナルドの同時代に近い人物による証言として、長らく最も信頼性の高い史料とされてきた。ヴァザーリの記述は単なる憶測ではなく、当時のフィレンツェ社会の人間関係や芸術パトロンシステムの実態に基づいた具体的な情報を含んでいる。

近年の研究では、デジタル技術を駆使した絵画分析により、新たな事実が次々と明らかになっている。X線解析や赤外線撮影によって、モナリザの下絵や制作過程の詳細が判明し、リサ・デル・ジョコンド説を裏付ける物理的証拠が蓄積されている。特に注目すべきは、絵画の制作時期が1503年頃と特定されたことで、これはリサ・デル・ジョコンドがレオナルドに肖像画を依頼したとされる時期と完全に一致している。また、絵画に使用された絵具や技法の分析からも、この作品がフィレンツェで制作された可能性が高いことが科学的に証明されつつある。

さらに決定的な発見として、2005年にハイデルベルク大学図書館で発見された16世紀初頭の文書がある。この文書には、レオナルドの助手アガスティーノ・ヴェスプッチが記した「リサ・デル・ジョコンドの肖像画制作」に関する記述が含まれており、ヴァザーリの証言を補強する同時代の証拠として学界に大きな衝撃を与えた。この発見により、リサ・デル・ジョコンド説の信憑性は飛躍的に高まり、現在では美術史学者の間でほぼ定説として受け入れられている。

他の候補者たちとの比較検討から見えてくる、リサ・デル・ジョコンド説の信憑性

モナリザのモデル候補として長年議論されてきた人物の中で、イザベラ・ダラゴナ説は特に注目を集めた仮説の一つである。ナポリ王女という高貴な身分と、レオナルドとの接点があったことから一定の支持を得ていたが、決定的な史料的根拠に欠けていた。また、制作時期や絵画の様式的特徴を詳細に分析すると、イザベラの年齢や当時の肖像画の慣習との間に矛盾が生じることが指摘されている。さらに、イザベラの他の肖像画と比較した場合、顔立ちや体型に明らかな相違点が認められ、同一人物である可能性は低いとする見解が有力となっている。

一方、レオナルド自身の理想美を追求した架空の女性像説も根強い支持を得てきた。この説は、レオナルドの芸術的完璧主義と、モナリザの超越的な美しさを説明する魅力的な理論として受け入れられていた。しかし、レオナルドの他の作品や手稿を詳細に検討すると、彼は常に実在のモデルを基に創作を行っており、完全な架空の人物を描いた例は極めて少ないことが判明している。また、当時の肖像画制作の慣習や経済的事情を考慮すると、パトロンの存在なしにこれほど精緻な肖像画を制作することは現実的でなかったと考えられる。

これらの代替説と比較した場合、リサ・デル・ジョコンド説の優位性は明らかである。史料的根拠の豊富さ、制作時期や場所との整合性、そして近年の科学的分析結果との一致など、多角的な検証に耐えうる唯一の説として評価されている。特に重要なのは、フランチェスコ・デル・ジョコンドという実在の人物の経済的地位や社会的背景が、高品質な肖像画を委嘱するに足る条件を満たしていることである。絹商人として成功を収めた彼の財力と、当時のフィレンツェにおける芸術パトロンとしての役割は、モナリザ制作の動機と背景を合理的に説明している。