同性愛疑惑の真相 – 当時の社会情勢から読み解く

告発事件の背景に潜む政治的意図と社会の偏見

1476年、24歳のレオナルドは匿名の告発により、同性愛の疑いでフィレンツェの治安判事所に召喚された。この事件は、当時のフィレンツェ社会における複雑な政治的背景と深く結びついていた。告発された4人の中には、メディチ家と密接な関係を持つ貴族の息子も含まれており、政敵による政治的陰謀の可能性が高いとされている。

15世紀のイタリアにおいて、同性愛は表向きには厳しく禁じられていたものの、実際の処罰は社会的地位や政治的影響力によって大きく左右されていた。フィレンツェでは「夜の役人（Ufficiali di Notte）」という特別な機関が設置され、同性愛行為を監視していたが、多くの場合、政治的な武器として利用されることが多かった。レオナルドの事件も、その典型例だったと考えられる。

結果的に、この告発は証拠不十分により不起訴となったが、レオナルドの人生に深い影響を与えた。彼はこの経験を通じて、社会の偏見と政治的陰謀の恐ろしさを身をもって知ることになる。この事件以降、彼は更に内向的になり、自身の私生活について極めて慎重になったと記録されている。

芸術家としての孤高さが生んだ誤解と憶測の連鎖

レオナルドの生涯を通じた独身生活と、女性との恋愛関係に関する記録の少なさは、後世の研究者や伝記作家たちに様々な憶測を生み出す原因となった。しかし、これらの「証拠」の多くは、当時の芸術家の社会的立場と創作活動の特殊性を理解せずに解釈されたものである。ルネサンス期の芸術家、特に宮廷画家は、作品制作に全精力を注ぐことが求められ、私生活よりも創作活動を優先するのが一般的だった。

レオナルドの手記や素描に見られる男性の人体研究についても、しばしば誤解を招く材料として扱われてきた。しかし、これらは純粋に解剖学的・芸術的な探究心から生まれたものであり、当時の医学書や芸術理論書を見れば、同様の研究が数多く行われていたことがわかる。レオナルドの場合、その探究心が特に旺盛だったために、より詳細で美しい人体図が残されているに過ぎない。

さらに、彼の弟子や助手との関係についても、師弟制度が一般的だった当時の工房システムを理解すれば、特別なものではないことが明らかになる。ジャコモ・カプロッティ（サライ）やフランチェスコ・メルツィなどとの関係は、芸術家としての技術継承と精神的な絆に基づくものであり、現代的な感覚で判断すべきではない。レオナルドの孤高さは、時代を超越した天才ゆえの孤独であり、それが様々な憶測を生む土壌となったのである。